を泳ぎ回るのである。そして間もなく、これも自分の家で成年に達した娘の雌精器に触接し、握手結婚して一緒になり、ここにめでたく生育の基礎を建てるのである。すなわち許嫁の男子(雄)と女子(雌)とが初めて交会し、四海波静かにめでたく三三九度の御盃をすませる。
それは春から夏を過ぎて秋となり、その間長い月日の間何んの滞りもなく生長を続けてついに成長の期に達し、待たれた本望を遂げて千秋楽とはなったのである。そしてなお樹上にはその実が沢山に残っているから、そこでもここでも同じく華燭の盛典が挙げられめでたいことこの上もなく、許嫁の御夫婦万歳である。そのうちに右の実がいよいよ軟く黄熟し烈臭を帯びて地に落ち、葉もまた鮮やかな黄金色を呈して早くも結婚の終了を告げ欣々然として潔ぎよく散落し、間もなくその年は暮れるのである。そしてこの結婚をすませた実が地に落ちれば、来年はそこに萌出して新苗を作り子孫が繁殖するのである。
イチョウの黄葉は敢てほかの樹には望まれない美観なもので、遠くから眺めればその家、その寺、その村の目標ともなる。もしこの数千本を山に作って一山をイチョウ林にしたらば確かに壮観を呈するであろう。私に○があれば是非実行して世人をアット言わせてみたいもんだが、財布が小さくて手も足も出ないのは残念至極だ。
この木には特にいわゆるイチョウの乳が下がるが、これはこの樹に限った有名な現象である。つまりこれは気根の一種であろう。往々それが地に届きその先が地中に入ったものもある。
この今見るイチョウ樹は昔、日本へは中国から渡り来ったもので、もとより初めから我国に在ったのではない。元来中国の原産であることは疑う余地はないが、今は同国でもその野生は見付からぬとのことである。
茶樹の花序
自分で大発見などとほざくのは、世間さまを憚らず、分際を弁えぬ大たわけ、僣越至極、沙汰の限りだと叱られるのは必定であるが、今心臓強くこれをがなるのは、そこに「事実」という犯し難い真理があるからである。
私は過去およそ四十年ほど以前から茶の樹についての注意を怠らず、殊に花時にはいつも興深くこれを眺めた。以前東京帝国大学理学部植物学教室の学生で名は今忘れたが相州鎌倉から来ていた方があって、あるとき幾人かで鎌倉の同氏の宅を訪ねたことがあった。そのとき私は偶然同家の裏庭へ行ってみたら、そこに多くの茶の樹があ
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