vに傍線]と異なり寄生菌の為めに起る一種の樹病なり之れをあすなろ[#「あすなろ」に傍線]のやどりき[#「やどりき」に傍線]といはずしてひじき[#「ひじき」に傍線]といへるはこれが故なり而して此のひじき[#「ひじき」に傍線]状をなしたる物は寄生菌の為に異常の発育をなしたるあすなろ[#「あすなろ」に傍線]の枝なり独逸にて此類の病を hexenbesen と名付く」と書かれた。
ここに面白い私の巧名ばなしがある。それはそのアスナロノヒジキを相州箱根で採ったのは、右の大久保三郎君よりは私が一足先きであったことである。すなわちそれは明治十四年(1881)五月に私は東京からの帰途この箱根を通過した。時に私の年は二十歳であった。そしてその峠のところで尾籠《びろう》な話だが偶《たまた》ま大便を催したので、路傍の林中へはいって用を足しつつそこらを睨め回していたら、ツイ直ぐ眼前の木の枝に異形な物が着いているのを見つけた。用便をすませて早速にその枝を折り取り標品として土佐へ持ち帰り、これを日本紙の台紙に貼付しておいた。後ち明治十七年(1884)になって再び東京へ出たとき、またそれを他の植物の標品と一緒に持参した。しかし久しい前のことで今その標品はいずれかへ紛失して手許に残っていないのが残念である。すなわちこのアスナロノヒジキはかくして私が初めてこれを箱根で採ったのである。大久保君が同山で採ったのはそれより六[#「六」に傍点]、七年[#「七年」に傍点]も後ちで明治十八、九年頃であったのである。
このアスナロノヒジキは一種の寄生菌、すなわちアスナロの害菌で、そのもとの学名 Uromyces deformans Berk[#「Berk」は斜体]. et Broom[#「et Broom」は斜体] は初めてかのチャレンジャー航海報告書にその図説が発表せられたのである。すなわちその原標品は同船の採集者が、我が日本で採集し持ち帰ったものだ。西暦一八八七年我が明治二十年に発行になった英国の Journal of the Linnean Society 第十六巻に右の図(記事も共に)が載っているので、今これを写真に撮りここに転載した。
この菌はまたアスナロに近縁異属のクロベ一名ネズコすなわち Thuja Standishii Carr[#「Carr」は斜体].(=Thuja japonica[#「
前へ
次へ
全181ページ中82ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 富太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング