れを眺めているうちに、わが邦上古にその花を衣にすったということを思い浮かべたので、そこでさっそくにその花葩《はなびら》を摘み採り、試みに白のハンケチにすりつけてみたところ少しも濃淡なく一様に藤色に染んだので、さらに興に乗じて着ていた白ワイシャツの胸の辺へもしきりと花をすり付けて染め、しみじみと昔の気分に浸って喜んでみた。私は今この花を見捨てて去るのがものうく、その花辺に低徊しつついるうちにはしなく次の句が浮かんだ。この道にはまったく素人の私だから、無論モノにはなっていないのが当り前だが、ただ当時の記念としてここにその即吟を書き残してみた。

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衣に摺りし昔の里かかきつばた
ハンケチに摺って見せけりかきつばた
白シャツに摺り付けて見るかきつばた
この里に業平来れば此処も歌
見劣りのしぬる光琳屏風かな
見るほどに何となつかしかきつばた
去《い》ぬは憂し散るを見果てむかきつばた
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 なんとつたない幼稚な句ではないか。書いたことは書いたが背中に冷汗がにじんできた。
 今から千余年も遠い昔にできた深江輔仁の『本草和名』には、加岐都波太、すなわちカキ
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