当人は、星灯ろう見物の、お供で来たんだそうでしてね。二日だけ、宿退りを頂いたってわけだと聞きやした。何しろ帰ったその晩の出来事でげすから、両親を初め見世の者ア気が転倒《てんとう》してえたんでござんしょう。飛び込んでったあっしをつかまえて、まるっきりまとまりのつかねえことを申しやす――この界隈じゃア、小町娘と評判だったお由利さんのこと。一つ親分に、出向いてお貰い申そうと、横ッ飛びに帰ってめえりやした」
「そうか。よく聴き込んだ。将軍様は、ゆうべの中《うち》に御帰還《ごきかん》だが、それに関わりのあることだけに、今日明日の中に埒《らち》を開けなくちゃ、お奉行の遠山様のお顔に係わるというもんだ。直ぐに行こう」
立ち上がった留五郎は、黙々と聴いていた伝七を見た。
「黒門町。いま聞きなすった通りだ。迷惑だろうが、一緒に来ちゃ貰えめえか」
「うむ。お前さんさえよけれア、いかにもお供《とも》をしよう。仏様を抱えているお前だ。手伝いが出来りゃ、おいらも本望よ」
「有難てえ。長引いたら、今度ばかりゃ、ほうぼうから集まって来るに違えねえから、愚図愚図《ぐずぐず》しちゃいられねえ仕事、兄貴が来ておくんなさりゃ、千人力だ」
留五郎が急に勇み立って、伝七共々出て行こうとするのを、呼び止めたのは竹造だった。
「親分」
「何だ」
「あっしゃまだ、御殿《ごてん》女中の殺されたのア、見たことがねえんで。……きょうはひとつ、手柄を立てさしておくんなせえ」
「バカ野郎」
「おっと黒門町の。竹さんも連れて行こう。何か飛び廻ってもらうことが、あるに違えねえ」
「へッ、へッ。有難え。きっとあっしの鼻が、お役に立つことがありやすぜ」
獅子っ鼻の竹は、こう云ってからすそをくるりと捲《まく》った。
乳房の傷
「あ、北町の親分。御苦労様でございます。どうぞお入りなさって下さいまし」
手代の常吉が、真っ青な顔で揉手《もみて》をしながら迎えるのを、眉間に深いシワを刻《きざ》んだ留五郎はちょいとうなずいただけで、さっさと奥へ通った。
その後から、伝七、竹造、しんがりは顔の売れている岩吉が、小僧達に何か言葉をかけながら続いた。
見世は大戸《おおど》が下ろされて薄暗《うすぐら》く、通された離れの座敷には、お由利の床がまだそのままに、枕辺《まくらべ》に一本線香と、水が供えてあるばかり。いかにも血なまぐさ
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