読本書きになったからッて、何も救われるたア限るまい。それどころじゃねえ。戯作なんてもなア、ほかに生計《たつき》の道のある者が、楽しみ半分にやるなアいいが、こいつで暮しを立てようッたって、そううまくは問屋で卸しちゃくれねえわな」
「お言葉じゃございますが、この馬琴は、戯作を、楽しみ半分ということではなしに、背水の陣を布《し》いて、やって見たいと思って居りますんで。……」
「折角だが駄目だ」
「駄目だと仰しゃいますと」
「人間、食わずにゃいられねえからの」
「ところが先生、わたくしは、食わずにいられるのでございます」
「何んだって」
「もとより生身を抱えて居ります体、まるきり食べずにいる訳にはまいりませぬが、一日に米一碗に大根一切さえありますれば、そのほかには水だけで結構でございます。――どのような下手な作者になりましても、米一碗ずつの稼ぎは、出来ないことはありますまい」
馬琴の、底光のする眼を見詰めていた京伝は、その木像のような面に彫《きざ》まれている決意の色を、感じないわけには行かなかった。
「本当にやる気かの」
「三日三晩、一睡もしずに考え抜いた揚句、お願いに参上いたしましたやつが
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