曲亭馬琴
邦枝完二
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)万年青《おもと》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)七草|粥《がゆ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)びいどろ[#「びいどろ」に傍点]
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一
きのう一日、江戸中のあらゆる雑音を掻き消していた近年稀れな大雪が、東叡山の九つの鐘を別れに止んで行った、その明けの日の七草の朝は、風もなく、空はびいどろ[#「びいどろ」に傍点]鏡のように澄んで、正月とは思われない暖かさが、万年青《おもと》の鉢の土にまで吸い込まれていた。
戯作者《げさくしゃ》山東庵京伝《さんとうあんきょうでん》は、旧臘《くれ》の中《うち》から筆を染め始めた黄表紙「心学早染草」の草稿が、まだ予定の半数も書けないために、扇屋から根引した新妻のお菊《きく》と、箱根の湯治場廻りに出かける腹を極めていたにも拘らず、二日が三日、三日が五日と延び延びになって、きょうもまだその目的を達することが出来ない始末。それに、正月といえば必ず吉原にとぐろ[#「とぐろ」に傍点]を巻いている筈の京伝が、
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