就くとそのまゝ眠りに落ちたので、実をいえば今朝方|厠《かわや》へ起きるまでは、これから先の暮し方など、とやこう考えていた訳ではなかった。
 それを、誰れが貼ったのやら、ふと、長屋の厠の壁押えに、京伝作の「江戸生艶気樺焼《えどうまれうわきのかばやき》」の二三枚が貼り附けてあったところから、急に思い付いたのが、京伝へ弟子入の一件であった。
 もとよりきらいな道ではなかった。が、戯作で身を立てようとは、きょうがきょうまで考えてはいなかった。
 行けばきっと、こっちの風体を見て、この男に戯作の筆は把れやアしめえ、と考えた挙句、京伝はこれまで黄表紙の一つも読んだことがあるかと、訊くに相違あるまいと思った馬琴は、まだ夜の明けないうちに、あわてて長屋を飛び出すと、雪の中を跣足《はだし》のまゝ、まず通油町の耕書堂と鶴仙堂へ飛んで行った。こゝの主人《あるじ》重三郎《じゅうざぶろう》と喜右衛門《きえもん》の丹念は、必ずや開板《かいはん》目録を拵《こし》らえてあることを、考えたからであった。
 果せるかな、両軒共に、己が見世の開板目録を備えて、田舎への土産の客を待っていた。
 家へ取って返す道々にも、馬琴は
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