るような心配は、金輪際なくなるし、その上当世流行の、黄表紙書きのこつ[#「こつ」に傍点]は覚えられるという一挙両得。どっちへ転んだって損はねえ大仕合か。待てば海路の日和とは、昔の人間にも、悧巧者《りこうもの》はあったと見える。――」
 三日三晩、眠らずに考え抜いた揚句出かけて来たと、もっともらしいことを、京伝の前ではいったものゝ、実は馬琴はゆうべし方、痛い足を引摺って、二た月余りの、売卜者《ばいぼくしゃ》の旅から帰って来たばかりであった。
 品川を振り出しに、川崎、保土ヶ谷、大磯、箱根。あれから伊豆を一廻りして、沼津へ出たのが師走の三日。どうせこゝまで来たことだからと、筮竹《ぜいちく》と天眼鏡を荷厄介にしながら、駿府《すんぷ》まで伸《の》して見たのだったが、これが少しも商売にならず。漸く旅籠《はたご》と草鞋《わらじ》銭だけを、どうやら一杯に稼いで、当るも八卦当らぬも八卦を、腹の中で唄に唄って、再びこの長屋へ舞戻った時には、穴銭がたった二枚、財布の底にこびり附いていただけだった。
 ゆうべは、疲れ果てた足を、煎餅布団に伸した、久し振りの我が家の寝心地が、どこにも増してよかったせいか、枕に
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