方から来たんじゃ、会わねえ訳にもゆくめえ。直ぐに行くから、客間へ通しときな」
「会いなんすか」
「面倒臭えが、いやだともいえめえわな」
それでも京伝は、一行も書き始めないうちでよかった、というような気がしながら、お菊が去ると間もなく、袢纏《はんてん》を羽織に換えて、茶の間兼用になっている客間へ顔を出した。
客間の敷居際には、お菊がいった通り、無精髯を伸した、二十四五の如何にも風采の上がらない骨張った男が、襞《ひだ》切れのした袴《はかま》を胸高に履いて、つつましやかに控えていた。
「お前さんかね。わたしに用があるといいなさるなア」
京伝の言葉は、如何にもぶっきら棒だった。
「はい、左様でございます。わたくしは、深川仲町裏に住んで居りまする、馬琴《ばきん》と申します若輩でございますが、少々先生にお願いの筋がございまして、無躾《ぶしつけ》ながら、斯様《かよう》に早朝からお邪魔に伺いました」
「どんな話か知らないが、そこじゃ遠くていけねえ。遠慮はいらないから、もっとこっちへ這入《はい》ンなさるがいい」
相手が、風采に似気なく慇懃《いんぎん》なのを見ると、京伝もどうやら好意が湧いて来たの
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