は、もはや口を听《き》く元気もなくなって、遂に道端の天水桶の下へ屈んでしまったのだった。
 回礼は中途で止めにして、京山はそのまま家に連れ戻された。
 火鉢の抽斗《ひきだし》の竹の皮から、母の手でまっ黒な「熊の胃」が取出されると、耳掻の先程、いやがる京山の口中へ投げ込まれた。京山は顔を紙屑のようにして、水と一緒に咽《のど》の奥へ飲み下した。
「にがい。――」
「我慢しろ。おめえが腹痛《はらいた》を起したのが悪いんだ」
 頑固な父は、年賀を中途で止めにした腹立たしさも手伝ったのであろう。笑顔ひとつ見せずに、こういって額へ八の字を寄せた。
 それでも京山の腹痛は二時《ふたとき》ばかりのうちに次第におさまって、午少し過ぎには、普段通りの元気に返っていた。が、父は要心のためだといって、今度は茶碗へ解《とか》した「熊の胃」を、京山の枕許へ持って来ていた。
「苦くても、我慢してもう一度飲むんだ」
 京山は怨《うら》めしそうに父を見上げたが、叱られるのを知って、拒むことも出来ず、ただ黙って頷いた。
「兄ちゃん」
 父が去ってしまうと、京山は京伝と熊の胃とを見くらべながら、小声で訴えた。
「おいら、苦
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