の、義理のある弟だ、出来ることなら、嘘にも下だたアいいたかねえ。が、書いた物を見るまでもなく、おめえと馬琴とじゃ、第一心構えに、大きな違いがありゃアしねえか。これアおいらがいうよりも、おめえの肚に聞いて見たら、いっそ判りが速かろう」
いらいらした京伝の言葉の中には、それでも皮肉に生れ付いた弟を憐れむ気持が、如何にもよく現れていた。
が、これを聞くと同時に、京山の顔には、見る見る不快な色が濃くなって行った。
「よく判りやした。あっしゃアこれから先、あの干物の出入するこの家にゃ、我慢にもいられやせんから、あいつが来る間は、ここの敷居は跨《また》ぎますまい」
「もし、慶さん。――」
お菊の止めるのも聞かずに、そういい切った京山は、いきなり自分の居間へ取って返して、硯と筆とを風呂敷へまるめ込むと、後をも見ずに、小庭口から、雪のおもてへと突ッ走ってしまった。
「ぬしさん。――」
しかし京伝は、お菊の声も耳に入らぬらしく、じっと腕組したまま、おのが膝の上を凝視していた。
「ぬしさん。――」
「うむ」
「慶さんは、どこへ行きなんす」
「どこへも行きゃアしめえ」
「でも、あゝして出て行きいした
前へ
次へ
全26ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
邦枝 完二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング