気の毒だが御輿を据えて、聞かざならねえことが出来やした。ここへ一合、付けて来ておくんなせえやし」
「慶さん、何んざます」
馬琴を戸口まで送ったまゝ、今までわざと避けていたお菊は、京山に名を呼ばれて、ぬッと丸髷《まるまげ》の顔を窺かせた。
「一合お願い申しやす」
「おほゝ、御酒でありんすか」
「左様」
「御酒なら、わたしがお酌しいす。向うのお座敷で飲みなんし」
「そうだ」と、直ぐに京伝は相槌を打った。「馬琴の座ってた後じゃ、酒を飲んでもうまくなかろう。それにおいらは、蔦屋が催促に来ねえうちに、心学早染草の、続きを書かざならねえんだ。飲みたかったら、お菊に酌をさせて、いつまででも飲んでるがいいわな」
そういって立上ろうとした京伝の袂を、京山はしっかり掴んだ。
「兄さん。ちょいと待ってゝおくんなせえ。たった一つ、訊かしてもらいたいことがありやす」
「おめえの酔が醒めた時に、聞かしてやる」
「冗談じゃねえ。あっしゃア酔っちゃ居りやせんよ。――あの馬琴という男より、たしかにあっしの方が、作者は下でげすかい。そいつをここで、はっきり聞かして貰いてえんで。……」
「腹は一つだが、おめえはこの京伝
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