戸の京山は、大方縁側でゆうべの残りを、二三本空けていたのであろう。酔えば必ずする癖の上唇を頻《しき》りに舐《な》めずりながら、京伝の方へ顎を突出した。
「おめえまた、正月早々、いつもの癖が始まったな」
「癖はござんすまい。あんな干物の草稿を見てやろうなんて、つまらねえ料簡が、どこを押しゃア兄さんの肚《はら》から出るんだか、あっしゃアそいつが訊きてえだけの話さ」
「人のことを、矢鱈にくさしたがる、その癖の止まねえうちは、おめえにゃいつんなっても、ろくな物ア書けねえだろう。――なる程、あの馬琴という男ア、干物のような風采にゃ違えねえ。おいらも初手に一目見た時にゃ、つまらねえ奴が舞い込んで来たもんだと、内心腹が立ったくれえだった。だが、一言喋るのを聞いてからは、なかなかの偉物だということが、直ぐにおれの胸へ、ぴたりとやって来た。そういっちゃア可哀想だが、おめなんざ、足許へもおッ付く相手じゃねえ。この二三年面倒を見てやったら、きっと、あッと驚くような大物を、書き始めるに相違なかろう。その時になって、眼が利かなかったと、いくら悔んでも、もう間に合わねえぜ」
「冗、冗談じゃアねえや。あんな唐変木に
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