伝は、自分より七つ下の、やりて婆のようにひねくれた京山を、温かい眼で見上げた。
「あっしゃア縁側にいやしたのさ」
「じゃア今の、馬琴という男を見ただろう」
「見たどころじゃござんせん。あいつのせりふ[#「せりふ」に傍点]も実アみんな聞きやしたよ」
「ほう、そうか。しかしおれもこれまで、弟子にしてくれといって来た男にゃ、勘定の出来ねえくらい会ったが、今の馬琴のような一徹な男にゃ、まだ会ったことがなかった。書いた物を見た訳じゃねえから、どうともはっきりゃアいえねえが、ありゃアおめえ、うまく壺にはまったら、いゝ作者になるだろうぜ」
「ふん、馬鹿らしい」
 京山はてんから、鼻の先で消し飛した。
「何が馬鹿らしいんだ」
「だってそうじゃげえせんか。あんな鰯《いわし》の干物のような奴が、どう足掻《あが》いたって、洒落本はおろか、初午の茶番狂言ひとつ、書ける訳はありますまい。――あっしにゃ、あんな男につまらね愛想を云われて、喜んでる兄さんの気組が、いくら考えても判らねえから、そいつを聞かせて貰いにめえりやしたのさ」
「慶三郎《けいざぶろう》」
 京伝はたしなめるように、弟を見守った。
「ふん」
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