」
「へえ」
「女はいって、え、いくつなんだ」
「二十四だとか、五だとかいっておりやした」
「二十四五か。そいつアおつ[#「おつ」に傍点]だの。男には年がねえが、女は何んでも三十までだ。さっきお前さんのいった北国五色墨《ほっこくごしきずみ》の若鶴という女も、ちょうど二十五だったからの、うッふッふ」
歌麿の胸には、若鶴の肌が張り附きでもしているような緊張した快感が大きな波を打っていた。大方《おおかた》河岸《かし》から一筋《ひとすじ》に来たのであろう。おもてには威勢のいい鰯売《いわしうり》が、江戸中へ響《ひび》けとばかり、洗ったような声を振り立てていた。
二
今まで五重塔の九輪《くりん》に、最後の光を残していた夕陽が、いつの間にやら消え失せてしまうと、あれほど人の行《ゆ》き来《き》に賑《にぎ》わってた浅草も、たちまち木《こ》の下闇《したやみ》の底気味悪いばかりに陰を濃《こ》くして、襟を吹く秋風のみが、いたずらに冷々《ひえびえ》と肌《はだ》を撫《な》でて行った。
燃えるような眸《まなざし》で、馬道裏《うまみちうら》の、路地の角に在《あ》る柳の下に佇《た》ったのは、丈《せい》の高い歌麿と、小男の亀吉だった。亀吉は麻の葉の手拭で、頬冠《ほおかぶ》りをしていた。
「じゃア師匠《ししょう》、夢にもあっしの知合《しりあい》だなんてことは、いっちアいけやせんぜ。どこまでも笊屋《ざるや》の寅《とら》に聞いて来た、ということにしておくんなさらなきゃ。――」
「安心しねえ。お前のような弱虫の名前を出しちゃ、こっちの辱《はじ》ンならア」
「ちぇッ、面白くもねえ。もとはといやア、あっしが負けて来たばっかりに、師匠の出幕《でまく》になったんじゃござんせんか」
「いいから置いときねえ。敵《かたき》はとってやる」
「長屋は奥から三軒目ですぜ」
「合点《がってん》だ。名前はお近《ちか》。――」
「おっと師匠、莨入《たばこいれ》が落ちやす」
が、歌麿はもう二三歩、路地の溝板《どぶいた》を、力強く踏《ふ》んでいた。
亀吉が頬冠りの下から、闇を透《すか》して見ている中を、まっしぐらに奥へ消えて行って歌麿は、やがて、それとおぼしい長屋の前で足を停《と》めたが、間もなく内から雨戸をあけたのであろう。ほのかに差した明《あか》りの前に、仲蔵《まいづるや》に似た歌麿の顔が、写《うつ》し絵
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