ウス映画で未だ特攻機の出現に拍手を送るほど、自分たちの戦争で受けた傷に無意識な日本人は、それだけに第三次大戦で一儲けの悪逆な妄想を抱いたり、政府の一長官の神経衰弱による自殺から、国鉄の線路上に悪童が石を置くイタズラまで、全て共産党の暴力と宣伝されると、それを鵜のみにするほど理性がなかったり、踊る宗教、ヒロポン、アドルム、肉体文学、パンパン、男娼エトセトラに、目かくしされた蠅が本能的触覚で一直線にウンコにとびつくみたいな必然さで熱中する。而しそうした遣切れぬほどの無知で不潔で図々しいぼくたちの間にも、未来のある子供たちや真面目な勤労者、誠実な民主政治家が同時に沢山、生きている事実も無視することはできぬ。
 処で、ぼくは自分が、時代に傷つけられ、遣切れぬほど無知で不潔で図々しい日本人たちのひとりになってしまったと実感する故、生理的|厭悪感《えんおかん》でそうした事実に目をふさぎ、生命の尊厳さや愛する人たちへの責任感をしきりに忠告する自分の理性も無視し、一刻も早く、この人生に「さようなら」を告げたい。
「さようなら」神よ常に別れる汝の傍にあれでもなければ、また逢う日までなぞという甘美な願いも
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