もなる。社会の批判、子供たちの未来、リエや妻の幸福を考え、できるだけ早くリエに、「さようなら」しようと思えば思うほど、ぼくはリエの肉体が不憫《ふびん》で彼女に緊縛される。眠られぬ夜の苦しさが続き、ぼくはやがてアドルムという強力催眠剤の中毒患者にもなる。
やがて、ぼくの目上の肉親たちが集まり、妻子、リエも入っての親族会議。リエとの別れを強制され、妻子も東京に出てくる。ぼくは理性的にそれを承知したが、感性的には汚された女としてぼくの肉親たちにさえ軽蔑され、ぼくと別れると世界中でひとりぼっちになる、リエの不幸な孤独にあっさり、「さようなら」をいう気にならぬ。「また逢う日まで」との惜別の言葉が、この動乱の日本で許されるなら――。だがぼくと別れ、女ひとりになったリエが、この世の阿鼻叫喚に忽まちまきこまれ、影も姿も消えうせる恐ろしさにぼくは堪えられぬ。別離と忘却はぼくたち人間に共通した宿命なのだが、それだけにぼくは戦争中のあっさりした、数々の「さようなら」が厭で、どこ迄も、「さようなら」をいわずリエと別れなかった。よそ眼には退廃不潔にみえようとも、ぼくにはそんなリエとの別離の予感に、生命を燃焼さ
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