ベもなくさっき自分を断ったあの職工頭の顔だった。なんともいえぬ厳粛《げんしゅく》なものが彼の胸を打った。命にかかわるようなひどい怪我ではありませんように――彼は祈るような気持で丁寧《ていねい》に山田の頭を調べた。血は出ていない、骨が砕けている様子もない。どうも強く打たれたために気を失っているだけのことらしい。よかった、よかった。――と、彼は右足で足場をさぐり、左足を立て、そろそろ腰を浮かしはじめた。見ている人たちは今度はぐっと息をつめた。一男は真直《まっすぐ》にたってからゆっくり向《むき》をかえた。静かに静かに、梁のゆるぎを殺しながら、もと来た方へ引きかえす。進む時よりも気を配っている様子だ。右手をのばした。大支柱のところまでもう二三歩だ。ああ、抱きついた。彼の右手はしっかりと支柱を抱きかかえたのだ。そして、一男ははじめて皆の方を見下して、手を振った。恐しいような歓呼《かんこ》があがって、すぐやんだ。一男が猶予《ゆうよ》なく次の仕事にとりかかったからである。
 だが、あとの仕事は楽だった。重々しく揺れまわっている鉄梁《てつりょう》には難なく引綱が結びつけられた。そして一男は残った綱のた
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