のみ込んで、ぐっと胸を張った。よし! 彼は下っているロープに飛びついた。まったく猿だった。するすると一男の体は瞬《またた》く間《ま》にのぼって行った。そして気絶した人が倒れている梁が支柱《しちゅう》に組み込まれている角《かど》に手がとどくと、ぐいと一度体を丸めてやんわりと梁の上に乗り移った。梁はかすかに顫《ふる》えていた。気を失っている人の体までは八メートルある。梁の幅は十二センチにも足りない。そして足の下は三十メートルもあるうつろの空間だ。
「黙ってろ! やることは分かってるんだ」
 誰かが下から指図《さしず》しようとした時、岸本監督は低い声で押さえた。
 一男はじっと怪我人に目をつけたまんま、じりじりと進んだ。彼は、時々、梁のゆるぎを止めるために立ちどまらなければならなかった。
 いつの間にか風が強くなっていたらしい。一男の鳥打帽子《とりうちぼうし》がさっと風に捲《ま》きあげられて、いがぐり頭が剥出《むきだ》しになった時には、熱心な見物人たちは我しらずうめいた。帽子は鉄骨にぶつかりぶつかり長くかかって落ちて行った。
 三メートル、五メートル、一男は気を失っている人に接近して行った。
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