、今|斜《ななめ》にぶら下っているあの梁が、その職人の跨がっている梁に衝突したのだ。あのガーンという恐しい音響は、その時一男の耳を撃ったのであった。亀の子のように空中で首を振っているあの大きな梁が、彼の乗っている梁にもう一度ゴツンとでも触《ふ》れて見ろ! 一男は目をつぶった。

  五

 だが、岸本監督はさすがに落ちつきをとり戻して、機敏《きびん》に頭を働かせていた。今こそ一男を使う時だ! 大人《おとな》がのればあの梁《はり》は落ちる。だが子供なら……そうだ、一男なら大丈夫だ。
「君、怪我人《けがにん》を助けに行ってくれ。頼む!」
 その言葉より早く、一男の靴が飛んだ。監督は輪《わ》にした綱《つな》を彼の首にかけた。最初に太いのを、次に細いのを。
「いいか、さきに、怪我人を梁へしばりつけるんだ。それからあのふらふらしている鉄材に太い方の綱をかけて来い。落ちついてやれ。踏《ふ》み外《はず》したらおしまいだぞ。あわてるなよ」
 一男は、上を睨《にら》みながら岸本監督の言葉を聞いていた。分かった。あそこでああして、ここでこうして――彼は仕事の手順を、もう一度自分で腹へたたみ込んだ。深く息を
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