で平均をとる様子もなく、両足をならべて立つ幅《はば》もない鉄梁《てつりょう》を伝《つた》って、ひょいとビルディングの一番外側になっている鉄桁《てつげた》に足をのせた。そこで彼はポケットに手を突込んだまんま、目の下二十五メートルのところを白く流れている大通を見下した。自動車、自転車の往来でも眺めているのだろう。彼は無心にいつまでも見下している。
 監督は大声が出したくなったのを、やっとのことで我慢した。足を踏み外《はず》したらどうするというのだ。彼はその時一男をひきずり倒して殴《なぐ》りつけたい程じりじりすると同時に、また一方では、その面憎《つらにく》いまで落ちつきはらった胆《きも》っ玉《たま》の太さに、思うさま拍手を送りたくなったのだった。
「うむ、大した胆だ。惜しいもんだな」
 岸本監督は喉の奥でひとりうめいた。
 そのうち、あたりに働いている職人たちのうちにも、何人かその危いところに立っている一男の姿に気づいたものがあった。彼等はその姿に気づくと一しょにもう眼をはなすことが出来なかった。仕事をつづけることも忘れて、あっ気《け》にとられて見つめたっきりになってしまった。やや俯向《うつ
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