む》き加減《かげん》の一男の小さい姿は、遥かに青み渡った帝都の大空にくっきりと浮かんで、銅像かなんかのように微塵《みじん》も動きそうにない。見ている職人たちの膝頭《ひざがしら》がかえってがちがち動きはじめて来た。そしてどの心の中にも、「えらい!」と大声に怒鳴ってやりたいような気持が動きはじめた。
 その時、まったく不意に――と見ている方の連中には思えたのだ――少年は頭を上げると、くるりと向《むき》を変えて、ぶらぶらと監督のいる方へ帰って来た。皆が腹の中ではらはらしていたことなんか、彼はまったく知らないのだ。あらしの海で船のマストに登って仕事をすることにくらべれば、ガッチリ組み上げられた鉄骨の梁《はり》の上を歩くことなどは、それがたとえどんなに高かろうと、何でもないことだ。
 一男がもう一度、板張の上に帰って来て、「お邪魔《じゃま》しました」と挨拶してからまるで平地《へいち》を歩くような様子で急な段階を下りて行く姿を、監督は残り惜しそうな眼で見送っていた。

  四

 曲り曲って細々と地獄の底までつづきそうな階段を、一男は平気で、ポケットへ手を入れたまま、きょろきょろよそ見をしながらゆ
前へ 次へ
全22ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
吉田 甲子太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング