価にて買ひ来れるなれば、「問屋直《とひやね》にてその位なるべし、三束釣れば、先づ日当に当らん」と言ひしに、予の顔を見つめて、くつ/\笑ひ出す。「何を笑ふ」と問へば、「おとぼけは御無用なり、悉く知りて候」といふにぞ、「少しもとぼけなどせじ、何を知り居て」と問へば、「此の節は、旦那の出らるゝ前に、密《ひそ》かに蟇口《がまぐち》の内を診察いたしおき候。買ひし物を、釣りたりと粧《よそ》はるゝは上手なれども、蟇口の下痢にお気つかず、私の置鈎に見事引懸り候。私の釣技《うで》は、旦那よりもえらく候はずや」と数回の試験を証とし、年来の秘策を訐《あば》かれたりし。その時ばかりは、穴にも入りたき心地し、予の釣を始めて以来、これ程きまり悪《あ》しかりしことなし。斯《かか》る重大のことを惹き起せしも、遠因は、「ひよつとこ鈎」に在りと想へば早く歯科医に見せざりし、鯰の口中こそ重ね重ねの恨みなれ。
『これよりは、必ず、蟇口検定を受けて後ち、出遊することに定められたれば、釣は俄かに下手になり、大手振りて、見せびらかす機会も無くて』と、呵々《からから》と大笑す。
予も亦、銃猟者の撃ち来れる鴨に、黐《もち》の着き居し
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