#「大鯰」に傍点]二つ買ひて帰りしが、山妻《さんさい》之を料理するに及び、其口中より、水蛭《ひる》の付きし「ひよつとこ鈎」を発見せり。前夜近処より、糸女《いとめ》餌を取らせ、又小鱸鈎に※[#「虫+糸」、175−上−10]《す》を巻かせなどしたりしかば、常に無頓着なりしに似ず、今|斯《かか》る物の出でしを怪み、之を予に示して、「水蛭《ひる》にて釣らせらるゝにや」と詰《なじ》れり。
『こは、一番しくじつたりとは思へども、「否々、慥《たしか》に糸女《いとめ》にて釣りしなり、今日は水濁り過たれば、小鱸は少しも懸らず、鯰のみ懸れるなり。其の如きものを呑み居しは、想ふに、その鯰は、一旦置縄の鈎を頓服し、更に、吐《と》剤か、養生ぐひの心にて、予の鈎を呑みしものたるべし」と胡麻かせしに、「斯《か》く衛生に注意する鯰《なまず》は、水中の医者にや、髭もあれば」と言ひたりし。
『同年の秋、沙魚釣より還りて、三束余の獲物を出し、その釣れ盛りし時の、頻りに忙がしかりしことを、言ひ誇りたりしが、翌朝に至り、山妻突然言ひけるは、「昨日の沙魚は、一束にて五十銭もすべきや」となり。実際予は、前日、沖なる沙魚船より、その
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