竿にて、しかも玉網《たま》も無く、之を挙《あ》げんことは易きに非ず。先方は案外かけ出しの釣師にて、それに気づかざりしか、或は黒人《くろと》なりしかば、却て不釣合の獲物に驚歎せしか、何《いず》れにしても、物に怖ぢざる盲蛇、危かりしことかなと思ひき。
『これより宅《うち》に還るまで、揚々之を見せびらかして、提げ歩きしが、予《よ》の釣を始めて以来、凡そ此時ほど、大得意のことなく、今之を想ふも全身肉躍り血湧く思ひあり。
『この時よりして、予は出遊毎に、獲物を買ひて帰り、家人を驚かすことゝはなれり。秋の沙魚《はぜ》釣に、沙魚船を呼ぶはまだしも、突船《つきぶね》けた船の、鰈《かれい》、鯒《こち》、蟹《かに》も択ぶ処なく、鯉釣に出でゝ鰻《うなぎ》を買ひ、小鱸《せいご》釣に手長蝦《てながえび》を買ひて帰るをも、敢てしたりし。されども、小鮒釣の帰りに、鯉を提げ来りしをも、怪まざりし家《うち》の者共なれば、真に釣り得し物とのみ信じて露疑はず、「近来、めツきり上手になり候」とて喜び、予も愈図に乗りて、気焔を大ならしめき。
『一昨年《おととし》の夏、小鱸《せいご》釣に出でゝ、全く溢《あぶ》れ、例の如く、大鯰[
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