下婢《かひ》の持ち出でゝ、膳の脇に据えたる肴《さかな》は、鮒の甘露煮と焼|沙魚《はぜ》の三杯酢なりしかば、主人は、ずツと反身になり、
『珍らしくも無いが、狂の余禄を、一つ試みて呉れ給へ。煖かいのも来たし…………。』
と、屠蘇を燗酒に改め、自らも、先づ箸を鮒の腹部につけ、黄玉《こうぎょく》の如く、蒸し粟の如き卵《こ》を抉り出しぬ。客は、杯を右手《めて》に持ちながら、身を屈めて皿中を見つめ、少し驚きしといふ風にて、
『斯ういふ大きいのが有るですか。』と問ふ。
客の此一言は、薪《たきぎ》に加へし油の如く、主人の気焔をして、更に万丈高からしめ、滔々たる釣談に包囲攻撃せられ、降伏か脱出かの、一を撰ばざるべからざる応報を被る種となりしぞ、是非なき。
主『誰でも、此間《こないだ》釣ツたのは大きかツたといふですが、実際先日挙げたのは、尺余りあツて、随分見事でした。此れ等は、また、さう大きい方で無いです。併し、此様《こん》なのでも、二十枚[#「二十枚」に傍点]も挙げると、…………さうですね、一貫目より出ますから、魚籃《びく》の中は、中々賑かですよ。鮒は全体おとなしい魚[#「おとなしい魚」に傍点]で、た
前へ
次へ
全24ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石井 研堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング