ツてたです。引き上げさせて見ると、すツかり泥塗《どろまみ》れでとても乗れやしない。さればといふて、歩いて還ることの出来ない貨物《しろもの》なので、已《やむ》を得ず、氷のやうな泥の中に、乗り込んで、還ツたことあるですが、既に釣を以て楽しまうとする上は、此の位の辛抱は、何とも思はんです。』
客『まだ御飯前ですから、失礼いたします。』
主『釣を始めると、御飯[#「御飯」に傍点]などは頓と気にならず、一度や二度食べずとも、ひだるく思はんのが不思議です。それに、万事|八釜《やかま》しいことを言はぬやうになるのが、何より重宝です。度々釣に出かけると、何だか知れないが、家の者に気兼するやうな風になツて、夜中に、女どもを起すでも無いと、自分独り起きて炊事することも有るですし、よし飯焚を為《し》ないにしても、朝飯とお弁当は、お冷でも善い、菜が無いなら、漬物だけでも苦しうない、といふ工合で、食ぱんのぽそ/\も、噎《むせ》ツたいと思はず、餌を撮《つま》んだ手で、お結《むす》びを持ツても、汚いとせず、極《ごく》構はず屋に成るから、内では大喜びです。』
と、何が何やら分らぬ話しながら、続けざまの包囲攻撃に、
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