客は愈《いよいよ》逃げ度を失ひて、立膝になり、身をもぢ/″\して、
『少し腹痛しますから、失礼します。』
と腹痛の盾をかざして起たんとす。主人は尚、
主『腹痛なら、釣に限るです。釣ほど消化を助くるものは無いですから、苦味丁幾《くみちんき》に重曹|跣足《はだし》で逃げるです。僕は、常に、風邪さへ引けば釣で直すです。熱ある咳が出るとしても、アンチピリンや杏仁水《きょうにんすい》よりは、解熱鎮咳の効あるです。リウマチも、釣を勉めて、とう/\根治したです。竿の脈の響を、マツサアージなり、電気治療なりとし、終日日に照されるを、入湯と見れば、廻り遠い医者の薬よりは、其の効神の如しです。殊に呼吸器病を直すには、沖釣に越す薬無いと、鱚庵老《きすあんろう》の話しでしたが、実際さうでせう。空気中のオゾンの含量が、全《まる》で違ツてるですもの。』
立膝のまゝなる客は、ほと/\困りて揉手をしながら、
『まだ二三ヶ所寄る所ありますから…………。』
と、一つ頓首《とんしゅ》すれども、主人は答礼《とうれい》どころか、
主『野釣[#「野釣」に傍点]は、二三ヶ所に限らず、十ヶ所でも、二十ヶ所でも、お馴染みの場所に、
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