。』
 主『その位は有るでせう。だが、行徳行の汽船が、毎日大橋から出てるので、彼《あ》れに乗るです。船は方々に着けるし、上ると直ぐ釣場ですから、足濡らさずに済むです。彼《あ》の船の一番発[#「一番発」に傍点]は、朝の六時半でして、乗客の六七分は、何時も釣師で持ち切りです。僕等はまだ近い方で、中には、品川、新宿、麻布辺から、やツて来る者も大分有るです。まア、狂の病院船でせう。』
主人の雄弁、近処|合壁《がっぺき》を驚かす最中、銚子を手にして出で来れるは、細君なり。客と、印刷的の祝詞の交換済みて、後ち、主人に、
『暖《あったか》い処《とこ》をお一つ。』と、勧むるにぞ、
主人、之を干して、更に客に勧むれば、客は、
『まだ此の通り…………』と、膳上の杯を指《ゆびさ》して辞退しつゝ受く。
 細『何もございませんが、どうぞ、召上つて…………。』
 客『遠慮なしに、沢山頂戴しました。此の鮒は、どうも結構ですな。珍らしい大きなのが有ツたもんですな。』
 細『昨日も宿《やど》と笑ひましたのでございます。鮒釣鮒釣と申しまして、此の寒いに、いつも暗い内から出まして、其れも、好く釣れますならようございますが、
前へ 次へ
全24ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石井 研堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング