」に傍点]を挙げて答へぬ。
 客『この寒さでは、とても、餌を食ふ気力無さゝうに思はれますが、よく釣れたものですね。』
 主『鮒の実際餌つきの好いのは[#「餌つきの好いのは」に傍点]、春の三四月に限るですが、寒い間でも、潮のさす処なら、随分面白く餌つくです。他の魚は、大抵餌つきの季節が有ツて、其の季節の外には、釣れないですが、鮒計りは[#「鮒計りは」に傍点]、年中餌つくです。だから、能《よ》く/\好きな者になると、真夏[#「真夏」に傍点]でも何でも、小堀を攻めて、鮒を相手に楽んでるです。食べては、寒《かん》に限るですが…………。』
 客『どうも寒鮒は特別ですね。』
 主『さうです。まア十一月頃から、春の三月一杯が、鮒釣の[#「鮒釣の」に傍点]旬でせう。其の外の季節のは骨は硬し味はまづし、所詮食べられんです。
 主『千住[#「千住」に傍点]の雀焼が、彼《あ》の通り名物になツてゝ、方々で売ツてゝも、評判の中兼《なかかね》だけは、常の月には売らんです、十一月後のでなくては…………。』
 客『銃猟に出る途で、よく千住の市場に、鮒を持ち出す者に逢ふですが、彼れは養魚池からでも、捕ツて来るのでせうか、』
 主『なアに、皆|柴漬《ふしつけ》です。それでなくては、彼様《あん》なに揃ひやう無いです。』
 客『柴漬ツて何ですか。』
 主『柴漬[#「柴漬」に傍点]ですか。秋の末に、枝川や用水堀の処々に、深い穴を堀り、松葉や竹枝などを入れて置くです。すると、寒くなり次第、方々に散れてる鮒が、皆この、深くて防禦物の多い、穴の内に寄るです。其れを、お正月近くの直《ね》の良い時に、掻い掘ツて大仕掛に捕るです。鯉、鯰《なまず》、其の外色々のものも、一緒に馬鹿々々しく多く捕れるさうです。
 主『枝川や、汐入《しおい》りの池の鮒[#「池の鮒」に傍点]は、秋の末[#「秋の末」に傍点]の出水《でみづ》と共に、どん/″\大川の深みに下ツて仕舞ふです。冬の閑な間、慰み半分に、池沼の掻掘り[#「掻掘り」に傍点]をやる者も、大川に続いてるか、続いてないかを見て、さうしてやるです。若し、続いてるのをやツたのでは、損ものです。既に大川に下りきツて、何も居らんですから。柴漬《ふしつけ》は、この、大川に下るのを引き止めておく、鮒の溜りなのです。
 主『柴漬といへば、松戸のさきに、坂川上[#「坂川上」に傍点]といふて、利根川
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