いことだった。
 しかし、末起には覗き込もうにも、暈やっとした大人の世界である。
 やがて、末起にも訪れるものが来た。童女期から、大人へ移ろうとする境界に立って、郷愁のような遣る瀬なさ、あまい昏惑のなかでも、末起はときめくようなこともない。
 春の曙光は、お祖母さまのことで暗く色づけられていた。童心は、やがて淡くなり、薄れるように去るだろう……。しかし、お祖母さまのことだけは、永遠に残るにちがいない……。そうして、末起は病む薔薇のように、思春期を暗い心で漂っていた。
 ところが、それから四、五ヶ月経ったころふと、祖母の眼に異様なものを発見したのである。
 それは、瞬きをときどき止めることで、精いっぱいに、※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]らきながら瞬くまいとする努力は、必死に末起の注意をひき、認めてもらおうとするらしい。
 その表出は、祖母にあらわれた、たった一つのものであった。しかしそれが、悦びか、悲しみか、慾求の表示でもあるのか――末起にもそこまでは分らなかった。ただ、お祖母さまの身体中でたった一つの、うごく筋肉である眼筋をとおして行われる……。見えざる口、聴えざる言語であ
前へ 次へ
全25ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング