屋に、今度は別種の鬼気が立ち罩めるのだった。近ごろは、ちんまりした祖母がいっそう小さくなり、奇絶な盆石が、無細工な木の根人形としか思われなくなったのが、白髪を硫黄の海のように波うたせ、そっと立ちあがる。ことに、夜のお祖母さまの怪ものめいた相貌――。入歯をとったあとの、歯齦がお鉄漿《はぐろ》のようにみえ、結ぶと、口からうえがくしゃくしゃに縮まり、顔の尺に提燈が畳まれてゆく。しかも、それが鋏を手に寝息をうかがう姿は、まさしく、妖怪画が夢幻以外のものではない。
 しかし、末起にとれば、現実の問題である。それに、祖母への愛着が異常にふかいだけに、削られる思いで困憊の底から思案あまって療養所へ救いをもとめた。すると、方子からは詳しくとのことで、返事を出すと、折返し手紙に一冊の本が添えられてきた。それは、ルイス・キャロルの有名な童話「|不思議国のアリス《アリス・イン・ワンダーランド》」であった。

  三、気味悪い祖母

(方子からの手紙)
 末起、あたくしはいま……情熱のはげしさを、なるべく言葉にしないよう注意している。末起が、どんなに苦しがっているか、そりゃ分るんですから……。
 愛もて……あ
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