それは、明らかに兆しのようなものだった。いまに誰かのうえに当然おこるであろう悲劇の前触れにちがいなかった。
しかしそれよりも、末起を悲しませるものが他にあったのである。それは、もし合鍵があるにしろ掛金が下りる、扉をいかに開くか想像もされないからだ。すると、眼が当然、内部《なか》へむけられる。末起のほか、部屋にいるものといえば、お祖母さまよりほかにない。
(マア、お祖母さまなんて、まさか……。一分と、動けないのにどうしてそんなこと……)
と、いくら頸を振っても、現実は否定出来ない。だんだんとその幅も短くなり、やがて、悲しむよりも、怯々と祖母を見るようになった。
(あの手、あの足だ……。萎え切ったのが、誰も見ぬときは、じりりと動くのかもしれない。私の寝息をうかがいそっと立ちあがり、毛を切るものといえば、お祖母さま以外にはない)
つい先ごろまで、そんな考えが浮ぶと必死に打ち消していたのが、いまではそれを当然のように呟くのだ。気味悪い、猫の足の裏のようなお祖母さま……。あの、うごかない筋肉には、おそろしい虚妄がある。罪をかばい、よくマア、こんなにも永く芝居をしていたもんだ。
と、その部
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