末起もさすがに惑わざるを得なかった。
 義父の謙吉は血の関係もあって、末起には淡々たるものであった。とくに、親しみを寄せるというようなこともなく、といって、継子らしく扱うようなこともなく、母の死後も生前とは少しも変っていない。一貫して、つかず離れずで、世間体というだけの男だった。
 それだけに、はじめて祖母の意思が通じたということは、これまで、なんの関心もなかった人だけに、さすがにいい兼ねた。というより、なんで祖母の髪が気になるのか、末起には問いかえしたいくらいだ。母の面影が、いちばんよくうつった毛巻の丸髷から、あの皺のなかから髣髴と浮きでている。それが、心を刺したのでなければ、なんで義父が――と思うと、末起も反抗気味になってきて、
「あれは、お父さま、私が結ったのです。霜やも、ときやも、誰も知りませんの」
「なに、お前がか……」
 謙吉は、盃を手にしたまま、じっと末起を見つめはじめた。しかし、すぐに思い当ったとみえ、ぐっと和らいだ顔になった。
「いけないね末起、想いだすのもいいが、あんなことはいかんよ。なるほど、お母さまとお祖母さまとは親子なんだから、あの髷を、結ったらそりゃ似るだろ
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