たくしたちの間には、見えない帯がある。それだのに、末起には気味のわるい夜鳥のようなものがいて、夢に、あたくしが行くのが、きっと妨げられていると思う。でもあたくしも、熱や血の動揺がなくてはこの手紙が書けません。もっと、末起のため、犠牲があればいいがと思う。末起の浄らかな天上的肉体《ヘウンリイ・フレーム》――。
 お姉さまは、末起の悩みを身に体《たい》さなくてはならぬと思います。茨を踏んで、痛みと血をまた夢にかよわせましょう。しかし、末起の苦痛をすこしでも和らげることも、お姉さまの、神聖な義務《つとめ》だと思いますわ。末起は、あたくしが贈った本を、どうお思い?
 あなたの、苦悩と悲歎のなかへ童話の本を贈って、それで、悩みを滌ぎ和らげよというのではありません。なんでしょう? でも末起を、お姉さまの愛が、救えぬとは考えられません。
 これは、読んで読んで鼻についたほどの、アリスの不思議国行脚ですけど、このなかには、青蟲や泣き海亀やロック鳥などが、この世にない、ふしぎな会話をかわし人真似をしながら、暗喩寓喩の世界を真しやかに語りだすのです。で、それが、末起の悩みと、どんな関係になるでしょう。
 末起が、お祖母さまを下手人にはしたくない――それは、お姉さまにようく分ります。でもそれには、どうして末起の義父さまがあの部屋へ入ったか、だいいち、その証明が要ると思いますわ。それで末起は、ページを繰りながら朱線のあるところを、よく読んで裏の意味を考えるのです。いいこと……。では、最初のページの、四行目に、

 アリスは、なんで絵のない本が役に立つのだろうと、考えた。

 それは末起に、決して意味のない本だと思って、軽蔑してはいけないということ。それから、五行目に、

「可愛いダイアナ(猫の名)おまえが、一緒にくりゃ、どんなによかったろう。だけど、空にはまさか、二十日鼠はいないでしょう。だけど蝙蝠なら、捕まえられると思うわ。それは、二十日鼠にたいへん似ているものなの。でも、猫は蝙蝠を食べるかしらん」
 そろそろ、アリスは疲れはじめたらしく、夢心地で独り言をいい続けました。
「猫は、蝙蝠を食べるかしら……、猫が、蝙蝠を食べるかしら……」
 と、続いて、
「蝙蝠が猫を食べるかしら……」
 となったのは、まえの質疑に答えられなかったため、それが大変な間違いになってしまったのです。

 今度は六
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