いに彼女から飛びさるように思われると、そのまま滝人は、狂わしい肉情とともに取り残されてしまったのである。が、その時、残忍な狡猾な微笑が、頬に泛《うか》び上がってきて、滝人の顔は、以前どおりの険しさに変ってしまった。それはちょうど、悪狡《わるがしこ》い獣が耳を垂れ、相手が近づくのを待ち構えているようであった。ところが、その図星が当って、鉄漿《はぐろ》をつけ終り、ふと滝人の顔を見ると、その瞬間時江は、喪心したようにクタクタになってしまった。彼女には、もうとりつく島もないではないか。嫂《あね》の気持を緩和しようとしたせっかくの試みが、それでさえいけないのだったら、いったい彼女はどうしたらいいのだろう。いつか、兄夫婦の間に始まるであろう争《いさか》いの余波が、彼女にどのような惨苦をもたらすか、知れたものではないのである。すると時江には、もうこのうえ手iと云って、ただ子供のように嫂《あね》の膝に取り縋《すが》り、哀訴を繰り返すよりほかにないのだった。
「それではお嫂《ねえ》様、私に教えてちょうだい。そのお顔を柔らかにしてから、私がどうすればいいのか、教えてちょうだい」
「ああ十四郎、貴方はそこに
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