胸にしっかりと、抱くようになったのも、道理ではございませんか」
 滝人は暗い眉をしながらも、そう云いながら、瘤の模様を眺めていると、十四郎のあの頃が、呼吸《いき》真近に感じられてきて、あああの恰好、これ――と、眼の前にありあり泛《うか》んでくるような心持がするのだった。しかし、すぐに滝人は次の言葉をついで、小法師岳の突兀《とつこつ》とした岩容を振り仰いだ。
「それから、次の花婿に定《き》められている喜惣は、あの山のように少しも動きませんわ。ここへ来てからというもの、体身《からだ》中が荒彫りのような、粗豪な塊《マス》で埋《うず》められてしまい、いつも変らず少し愚鈍ではございますけど、そのかわり兄と一緒に、日々野山を駆け廻っておりますの。それが、私の心を、隅々までも見透かしていて、私をいつか花嫁とするためには、いっそう健康に注意をし、何より、兄よか長生きをしよう――そう考えて、日夜体操を励んでいるとしか思われないのです。白痴の花嫁――そのいつか来るかもしれない、明日の夢のようなものが、私の心の中で、絶えず仄暗《ほのぐら》く燻《くすぶ》っているのです。いっそ焔となって燃え上がってしまえば、そ
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