出来なくなっております。ちょうどこの白い触肢のある茸《きのこ》みたいに、ばらっと短い後毛《おくれげ》が下ってさえ、もう顔の半分も見えなくなってしまうのですから。ところが、あのお齢《とし》になってさえも、相変らず白髪染めだけは止めようとはなさいません。そして、私がこの樹立の中にまいりますのを、大変お嫌いになりまして、毎朝|行《ぎょう》をなさる御霊《みたま》所の中にも、私だけは穢《けが》れたものとして入れようとはなさいません。けれども、かえって私には、それが気楽でございまして、という理屈も、この瘤《こぶ》の模様が、眼も口も溶け去った、癩の末期のように見えるからなのだそうでございます。けれども、私にとって、何より怖ろしい事は、先日|秘《こ》っそりとお呼びになって、とうとう私の運命を、終りまでもお決めになってしまった事です。いまの十四郎が、もしかして死んだ場合にも、私だけはこの家を離れず、弟の喜惣《きそう》に連れ添え――って。ですもの、私に絶えずつき纏《まと》っているのが、そのしぶとい影だとしたら、たとえば悪魔に渡されようたって……。ええまったく、情も悔恨《くい》もないあの針を、それから私が、
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