も、わけてもこの谿間《たにあい》では、一刻も玩具《おもちゃ》なしには生きて行かれませんわ」
そう云って滝人は、暗い樹蔭に這いずって行く稚市《ちごいち》の姿を、じっと見守っていた。玩具――愛玩動物。いまではからくも稚市に、蛞蝓《なめくじ》のように光に背を向けて這い、迷路を通過して行く――意識だけが作られたにすぎないのである。しかし、そこに脈打っている滝人の苦悩も、とうてい聴き逃すことは出来ないであろう。彼女は、生きて行くに必要な条件だけは、たとえどうあっても、どのように、陰鬱な厳しさをあえてしてまで、整えねばならなかったのである。しかし、稚市の姿が、視野から外れてしまうと、滝人はかたわらの、大きな茸《きのこ》に視線をとめ、それから、家族の一人一人についての事が、数珠《じゅず》繰りに繰り出されていった。
「それから貴方に、お祖母《ばあ》さまの事を申し上げましょう。あの方には、まだ昔の夢が失われてはおりません。いつかまた、馬霊教が世に出ると――確《かた》く信じていて、あの奇異《ふしぎ》な力が日に増し加わってゆくのでございますわ。ですけど、その一方には、肉体の衰えをだけは、もうどうすることも
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