かけたが吹きつのる風のために、惜しいかな、続くものが聴えない。しかしこれは、あとで分ったことだが、蜃気楼《しんきろう》だったのである。「冥路の国」へとゆく、一人のエスキモーの橇。それが、一つの山が数個の幻嶽をだすように、いくつもの幻景《イマージュ》となって現われた。そういう、座興のあとで吹雪が霽れると、今までいた犬が一匹もみえない。
「オヤ、どうした※[#疑問符感嘆符、1−8−77]」と、思っていると彼処此処《あちこち》の雪のなかから黒い鼻先がひょくりひょくりと現われてくる。犬は、こういう酷寒の地では雪中にもぐって、眠る──と、いうことが重大な使嗾《しそう》となった。その夜、これまで解けなかった「冥路の国」の怪が、彼にやっと分ったような気がしたのだ。
「よくマア俺も、此処までやってきたものだ」
 と、折竹が感じ入ったように、呟くのも道理。
 まず、無名の雪嶺を名づけた、P1峰を越えたのが始め、火箭《ひや》のように、細片の降りそそぐ氷河口の危難。峰は三十六、七、氷河は無数。まったく、この三月間の艱苦《かんく》は名状し難いものだった。しかし、ここで不思議に思われることは、この極地にくるとお
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