ンバラが始まるなら、早いほうがいいな」
「フラム」号の、決着を見届けるため沿岸をさぐっていた一隊が、帰ってくればこんな話だった。クク島とは、ここから約二十マイルばかりのところ。さだめし、向うも上陸隊がでて、この隊と競うだろう。風雲も死闘もそのうえの事と、いよいよ二十台の犬橇《いぬぞり》が氷原を走りはじめたのである。
 鯨狼《アー・ペラー》の檻、その餌となる氷漬の魚の箱。ダブダブ揺ぐようなおのぶサンの肥躯《ひく》も、今はエスキモーさながらに毛皮にくるまっている。
 氷原と吹雪、氷河と峻嶮《しゅんけん》の登攀《とうはん》。奈翁のアルプス越えもかくやと思われるような、荷を吊りあげ、またおのぶサンを引きあげる一本ロープの曲芸。そのうち、落伍者が続出する有様。残ったのは、かなり名の知れた氷河研究者のザンベック、それに、ケプナラが気丈にも残っているが、もう、白人はこの二人だけにすぎない。しかも、寒気はますます厳しく、零下四十五度から六十度辺を上下している。
 とこれは、七月末ごろのことだった。もう「|悪魔の拇指《ディヴルス・サム》」から百マイルも来たと思うあたりの、一|隘路《あいろ》のなかで大吹雪
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