が、なんだね」
「海豹《あざらし》と海象《ウォーラス》の混血児《あいのこ》だ。学名を“Orca Lupinum《オルカ・ルピヌム》”といって、じつに稀《まれ》に出る。その狂暴さ加減は学名の訳語のとおり、まさに『鯨狼』という名がぴたりと来るようなやつ。孤独で、南下すれば膃肭獣《おっとせい》群をあらす。滅多にでないから、標本もない。マア、僕らは、きょう千載に一遇の機会で、お目にかかれたというわけだ」
「ううむ、そんな珍物かね」と、温厚学究君子のケプナラ君は感じ入るばかり。果して、この奇獣は唯者《ただもの》ではなかった。やがて、折竹を導いて「|冥路の国《セル・ミク・シュア》」へと引きよせてゆく、運命の無言の使者だったのだ。咆《ほ》えもせず、じっと瞳を据《す》えて人間を見わたしている、狡智《こうち》、残忍というか慄《ぞ》っとなるような光。これぞ、極洋の狼、孤独の海狼と──なんだか睨《にら》みかえしたくなる厭アな感じが、ふとこの数日来折竹に絡《まつ》わりついている、ある一つの異様な出来事を思いださせたのである。それは、両三度を通じておなじような意味の、次のような手紙が舞いこんできたのだ。
敢
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