》がと思うとじつに意外な気持。猫のように摘みだされた失業芸人とは、およそ想像もされぬ態の人物。肩付きの逞《たくま》しさは閂《かんぬき》のよう、十分弾力を秘めたらしいひき締った手肢《てあし》、身長、肉付き、均斉《きんせい》といい理想的ヘルメス型の、この男には男惚れさえしよう。
 それに、服装《なり》をみればおそろしい古物――どこにもクラブ稼ぎの芸人といったようなところはない。違ったか、渡してしまったしとんだことをしたと、折竹も気になってきて、
 「だが、たしかに君のだね」
 「ハッハッハッハ、大将は聴いてたんだろうが」
 とその男はカラカラと笑うのだ。
 「あの、俺に出てけ出てけといった、キイキイ声の奴な、あれが、ここの支配人でオリヴェイラってんだ。俺は、あのチビ公に腰を折ってだね、どうか御支配人、ながい目で頼む。きっと、今夜から大受けにしてみせると、言ったんだが聴いちゃくれない。もっとも、理屈は向うにあるだろうがね」
 陽気で、早口で、どこをみても、お払い箱早々というような、行き暮れたところがない。顔も、駄々っ子駄々っ子してダグラスそっくり。声まで彼に似て、豪快に響いてくる。
 「俺は
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