しおかぜ》とがまじった、リオの秋をふく薫風の快よさ。で今、東海岸散歩道《パイラマール》の浮《うき》カフェーからぶらりと出た折竹が、折からの椰子《やし》の葉ずれを聴かせるその夕暮の風を浴びながら、雑踏のなかを丘通りのほうへ歩いてゆく。その通りには、「恋鳩《ポムピニヨス・エナモール》」「処女林《マツトオ・ヴイルジェン》」と、一等船客級をねらうナイトクラブがある。
 「ううい、処女林《マツトオ・ヴイルジェン》か。処女林なんてえ名は、どこにもあると見える」
 と彼は、蹣跚《まんさん》というほどではないが相当の酔心地《よいごこち》、ふらふら「恋鳩」の裏手口を過ぎようとした時に……。いきなり内部から風をきって、彼の前へずしりと投げだされたものがある。みると、一つのスーツケース。とたんに奥で、癇《かん》だかい男のどなり声がする。
 「さあさあ、出てけ出てけ。君みたいな芸なし猿《トーロ》に稼がれてちゃ、沽券《こけん》に係わるよ。さあ、出ろ!《ヴアツ・セ・エンポーラ》[#ルビは「さあ、出ろ」にかかる]」
 皆さんは、よくこうした場面《シーン》を映画でご覧になる。お払い箱というときは襟首《えりくび》をつま
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