番だ。たった一番――。むしろ酒よりもじぶんの運命に酔ったよう、黙って、カムポスはじっと卓を見つめている。折竹は、もうその時は昏々《こんこん》とねむっていたのだ。
そんな訳で、翌日目を醒《さ》ましたのは日暮れ近くであった。みると、寝台のそばにカムポスがいて、じつに器用な手付きでズボンを繕《つくろ》っている。こいつ、昨夜のあのカムポスじゃないか。してみると、じぶんはカムポスに背負われてきたのだろう。そうそう、昨日の籖は一番違いだったっけがと……じっと目をつぶるとゆうべの記憶が、瞼《まぶた》の裏へ走馬燈のように走りはじめる。そこへ、カムポスがにこっと笑って、
「兄弟《アミーゴ》、目が醒めたかね」
きょうは、昨夜は大将だったのが、兄弟《アミーゴ》に変っている。そして針を手馴れた手付きで、スイスイと抜きながら、「どうだい、世帯持ちのいい、女房を持ちゃこんなもんだよ。これからは、みんなこんな工合に、俺が繕ってやる」
「上手《うま》いもんだね」
「そうとも、お針だって料理だって、出来ないものはないよ。俺は、コルセットの紐鉤《ちゅうこう》に新案さえもっている」
この、奇抜な男が泥坊にもせよ
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