》かね、英領ギニアかね」
 「どうして、泥のついた掘りたてのホヤホヤだ。といって、ブラジルでもなし蘭《オランダ》領ギアナでもない。こいつは、おなじ南米でも新礦地《しんこうち》のもんだ」
 出様によっては、なにかそれに就《つ》いて言い出したかもしれないが、あいにく折竹はダイヤなどというものに、熱や興味をいだくような、そんな性格ではない。その男も、折竹の態度にアッサリとあきらめて、もとのポケットへポンと突っこんでしまったのだ。
 「これはね、じつは俺には宝のもち腐れなんだ。この国は、脱税品がじつにやかましい。うっかり持っていようものなら、捕まってしまうんだよ」と、いよいよさようならというようにニッコリ笑い、一、二歩ゆきかけたが、立ちどまって空を仰いだ。おおらかに、胸をはり嘯《うそぶ》くように言う。
 「はてさて、俺も追ん出されて行き暮れにけり――か。颯爽《さっそう》と、乞食もよし、牧童《ガウチョ》もよし」
 男の魅力が、時として女以上のものである場合がある。ここでも、これなりこの奇男子と別れたくないような気持が、折竹にだんだん強くなってきた。
 警抜なる挙措《きょそ》、愛すべき図々しさ。なんという、スッキリとした厭味のないやつだろう。しかし、この男が何者かということは、ほぼ彼に想像がついていたのだ。泥坊か、密輸入者か故買者《けいずかい》か。どうせ、素姓のしれぬダイヤなどを持つようではそんな類《たぐ》いだろうが、とにかく、なんにもせよ気に入った奴だと、一度打ち込めば飲ませたくなるのが、折竹のような生酔いの常。
 「どうだ、一杯やるが付き合うかね」
 「酒?![#「?!」は一文字、第3水準1−8−77、210−11]」と、その男は飛びあがるような表情。「せめて、飯とも思っていたのに、酒とは有難い。有難い《オブリガード》[#ルビは「有難い」にかかる]。大将、このとおりだ」
 それから、リオ・ブランコ街の一料亭へいったのが始まり、それが、水棲人《インコラ・パルストリス》に招かれる奇縁の因となるのである。

   一番違い

 その男は、カムポスというパラグァイ人。詳しくは、カムポス・フィゲレード・モンテシノスという名だ。首府アスンションの大学をでてから牧童がはじまりで、闘牛士、パラグァイ軍の将校と、やったことを数えれば、とにかく、五行や六行は造作なくとろうという人物。それが、ぐいぐい呷《あお》りながら、虹のような気焔《きえん》をあげはじめる。
 「人間は、ちいさな機会《チャンス》などに目をくれていたら、大きなのを失うよ。誰にも、一生に一度はやってくる大《でつ》かいやつを、俺は捕まえようってんだ。これはね、女にだって同じことだろうと思うよ。男が、生涯に惚《ほ》れる女はたった一人しかない。ドン・ファンや、カザノヴァが女を漁《あさ》ったね。だがあれは、ひとりの永遠の女性を見付けるためだったと――俺はマアそういうふうに解釈している。つまり、俺のは最上主義なんだ」
 「それが、君の放浪哲学だね。些細な、富貴、幸福、何するものぞという……」
 「そうだ。時に、喋《しゃべ》っているうちに気が付いたがね、今夜は、“Bicho《ビッショ》”の発表の晩じゃないか」
 “Bicho《ビッショ》”というのは、ブラジル特有の動物|富籖《とみくじ》である。蟻喰い《タマンツァ》[#ルビは「蟻喰い」にかかる]の何番、山豚《ポルコ・デ・マツトオ》の何番というように、いろんな動物に分けて番号がつけられている。その、当り籖が今宵の十二時に、ラジオを通じていっせいに発表されるのだ。それから二人は、パゲタ島からにおう花風のなかで、動物富籖《ビッショ》の発表を待ちながら酒杯を重ねていった。折竹は、もう泥のように酔ってしまっている。
 「ううい、動物富籖《ビッショ》を一枚、てめえ大切候《だいじそう》に持ってやがって……。おいカムポス、俺はなんだか、可笑しくって仕様がねえ」
 「ハッハッハッハッハ、なけなしの俺が一枚看板みたいに、動物富籖をもっているのが、そんなに可笑しいか。だが、俺だって当ると思っちゃいないよ。易《うらな》いだ。未来を卜《ぼく》すには、これに限るよ」
 やがて、十二時が近付くにつれ、しいんとなってくる。おそらく、動物富籖をもたぬものは一人もあるまいと思われるほど、この富籖には驚くべき普遍性がある。やがて、ラジオから当り番号が流れはじめた。そのうち、最高位の五万ミルの当り籖が、カムポスの持っているガラガラ蛇札《カスカヴェル》のなかにあるという、声に続いて番号の発表。五九六二一番。――とたんに、カムポスが、ううと呻《うめ》いたのである。
 「どうした、カムポス、当ったのかい」
 「一番ちがい、大将、これをみてくれよ」
 みると、カムポスの札はたった一番ちがいで、五九六二〇
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