番だ。たった一番――。むしろ酒よりもじぶんの運命に酔ったよう、黙って、カムポスはじっと卓を見つめている。折竹は、もうその時は昏々《こんこん》とねむっていたのだ。
 そんな訳で、翌日目を醒《さ》ましたのは日暮れ近くであった。みると、寝台のそばにカムポスがいて、じつに器用な手付きでズボンを繕《つくろ》っている。こいつ、昨夜のあのカムポスじゃないか。してみると、じぶんはカムポスに背負われてきたのだろう。そうそう、昨日の籖は一番違いだったっけがと……じっと目をつぶるとゆうべの記憶が、瞼《まぶた》の裏へ走馬燈のように走りはじめる。そこへ、カムポスがにこっと笑って、
 「兄弟《アミーゴ》、目が醒めたかね」
 きょうは、昨夜は大将だったのが、兄弟《アミーゴ》に変っている。そして針を手馴れた手付きで、スイスイと抜きながら、「どうだい、世帯持ちのいい、女房を持ちゃこんなもんだよ。これからは、みんなこんな工合に、俺が繕ってやる」
 「上手《うま》いもんだね」
 「そうとも、お針だって料理だって、出来ないものはないよ。俺は、コルセットの紐鉤《ちゅうこう》に新案さえもっている」
 この、奇抜な男が泥坊にもせよ、折竹はけっして厭がらなかったろう。いまは、意気投合というか絶妙な気合いで、二人の仲が完全に結ばれてしまったのである。たぶんカムポスは当分の食客を、折竹のいるこの室ですることになるだろう。とその夜、二日酔退治にまた酒となった席上。
 「じつは、大将に聴いてもらいたい話がある」と、なにやらカムポスが真剣顔《まがお》に切りだした。
 「それはな、ゆうべの動物富籖《ビッショ》の一番違いのやつさ。あれから、俺はとっくりと考えてみた。するとだよ。あの当り籖はガラガラ蛇札《カスカヴェル》の、五九六二一番、俺の札が、一番少なくて六二〇番。と、そのもう一番で上りという意味から考えて……なんだか俺はいま途方もないような、生涯に一度ともいう大運に近付いているんじゃないか――とマアそんな風に考えられてきたのだ」
 「担《かつ》ぐじゃないか」と折竹は面白そうに笑って、「だが、俺の国の判じようだと反対になるがね」
 「なんでだ」
 「つまり、俺の国でいう一番違いという意味は、運の、じき側までゆくがどうしても追い付けない、その、たった一番だけの距離をどうしても詰められない、とうとう、追っ付けずに一生を終ってしまうという、ごくごく悪い意味になるよ」
 「チェッ、縁起でもねえ」と、舌打ちはしたが自信は崩《くず》れぬばかりか、カムポスが大変なことを言いだしたのだ。
 「とにかく、俺は俺の考えをあくまでも押し通す。そういう気力には、逃げようとする運までも、寄ってくるというもんだ。で、大将にたいへんなお願いだがね、俺は、ここでいちばん運試しをしようと思う。一番先にある運をつかまえてやろうと思うんだ」
 「それには――」
 「大将に金を借りる。それで、俺は今夜、賭博場《キヤジノ》へゆく」
 折竹は、しばらくカムポスの顔をじっと見まもっていた。鉄面皮というか厚かましいというか、しかし、こういうことを些《いささ》かの悪怯《わるび》れさもなく、堂々と、些細《ささい》の渋ろいもなく言いだす奴も珍しい。気に入った。こりゃ、事によったらカムポスに運がくる。これで、この泥坊が足を洗えりゃ、俺は一つの陰徳をしたというもんだ。
 なにしろ、独り身で金の使いようもないうえに、週給五百ドルをもらう折竹のことであるから、たかが、千ドルや二千ドルなら歯牙《しが》にかけるにも当らない。よろしいと、彼はカムポスの申出でを、きっぱりと引きうけてやった。
 リオでは、「恋鳩《ポムピニヨス・エナモール》」の賭博場《キヤジノ》が最大である。折竹は、そこへ兼ねて紹介されていたが、ここで、困ったのがカムポスの処置。なにしろ、軽口師でございと大嘘をいって、あげくの果に追いだされた彼のこと。しかし、カムポスはご心配なくと、自信あるのか洒々《しゃあしゃあ》たるものだ。まず、鼻下の細|髭《ひげ》を剃り落しもみあげを長くして、これなら、三日|軽口師《ガルガーンタ》の「鼻《ナリシス》のカムポス」とは、誰がみようと分るまいというのである。そうして、その翌夜「恋鳩」へいった。
 歓楽地、リオへ遊ぶ一等船客級相手のナイトクラブ――。財布の底まで絞りにしぼって、オケラになったらまたお出でというのが、此処だ。したがって、リオの歓楽中いちばん暗黒のものが、賭博場《キヤジノ》をはじめ洩れなく揃《そろ》えられている。
 「君、一丁賭くか《ヴオツセ・ケル・アポスタール》[#ルビは「君、一丁賭くか」にかかる]」そんな声が、はやとっ突きの玉転がし場《ポーチャ》[#ルビは「玉転がし場」にかかる]からも響いてくる。婦人の、キラキラかがやくまっ白な胸、脂粉、歌声、ル
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