ーレットの金掻き棒《ロード》[#ルビは「金掻き棒」にかかる]の音。二人が、内部のキャバレーへはいると、パッと電気が消える。
 ※[#「※」は歌記号、第3水準1−3−28、215−9]これは白い《エステ・エ・ブランコ》[#ルビは「これは白い」にかかる] 白いは肌《ペルレ・エ・ブランコ》[#ルビは「白いは肌」にかかる]
 と、舞台の歌声とともに緞帳《どんちょう》があがるが、だんだん、その白いというのが肢だけでなくなるというのが、「恋鳩」のナイトクラブたるところだ。それから、キャバレーを出てちょっと口を湿しているうちに、ふいにカムポスがなにを見たのか、ボーイを呼びとめてあれ[#「あれ」に傍点]と顎《あご》をしゃくって見せた。
 「君、あのご婦人はなんて方だね」
 ボーイは、ちょっとその方向をみるや、にこりと笑って、
 「さすが、旦那さまはお目が高ういらっしゃる。あの、ちょっと小柄な金髪《ブロンド》でございましょう。お計らいなら手前致しますが、なんせい、美しいだけに《エー・ボニート》[#ルビは「美しいだけに」にかかる]、ちょっと高価うございますよ《マース・カーロ》[#ルビは「ちょっと高価うございますよ」にかかる]」
 すると、カムポスはそれを遮《さえぎ》って、違うと叱《しか》るように言った。
 「あれじゃない。ホラ、あの右にいる黒いドレスの方だ。あれは、まさかここの妓《こ》じゃあるまい」
 「ほう、あの方」とチップを貰ったボーイが、にこっとなって言った。「あの方は、グローリァ・ホテルにご滞在中とかでございます。ここでは、たまにルーレットをおやりになるくらいのもんで、マアこんなところへ何でお出でになっているのかと、手前どもも不審に存じあげておりますんです」
 その婦人は、もう娘という年ごろではないかもしれぬ。面長《おもなが》で、まさに白百合とでもいいたい上品な感じは、まったく周囲が周囲だけに際だって目立つのである。カムポスは、妙に熱をもったような瞳でじっとその婦人をみていたが、まもなく、運定めをする賭け場へはいっていった。

   魔境「蕨の切り株《トッコ・ダ・フェート》[#ルビは「蕨の切り株」にかかる]」

 そこは、人間の運がいろいろに廻転し、おい、奢るぞ《ヴォツセ・ケル・マタ・ビツシヨ》[#ルビは「おい、奢るぞ」にかかる]――と勢いよく出てくるのもあれば、曲ってる《ホージ・エ・アザール》[#ルビは「曲ってる」にかかる]! なんて三リンボウが続きァがるんだと、いずれは、ピストルのご厄介らしくうち悄《しお》れてしまうものもある。しかし、カムポスは気込んだ甲斐《かい》もなく、みごと「平均《バランス》」という賭け札でスッテンテンになってしまった。
 それみろ、やっぱり一番違いの解釈はおれのほうが正しい――と、じっと、その意味をこめた目でカムポスをみたとき……思わず折竹がアッと叫ぶようなことが起った。カムポスが札を置くとスイと立ちあがって、諸君と、室中を睨《ね》めまわすように言ったのである。
 「僕は、諸君に折り入っての相談がある。見られるとおり、武運|拙《つた》なくカラッ尻の態となったが、まだ僕は屈しようとはせぬ。それは、僕に抵当があったからだ。でまず、その品を諸君にお目にかけるとして、どうか、気に入った方は一勝負ねがいたい」
 といって、ポケットから掴《つか》みだしたものをザラザラッと音をたてて、カムポスが卓上に置いたのである。とたんに、室中のものがハッと息をのみ、思わず土まみれのままの燦爛《さんらん》たる光に……ダイヤ、しかも原石! と唖然《あぜん》たる態。
 「オイオイ、見てばかりいないで、なんとか言ってくれ」と無言の一座に業《ごう》が煮えてきたか、カムポスの声がだんだん荒くなってくる。「いいか、俺はこの五粒のダイヤを、売ろうてんじゃない。俺が一か、八かの抵当にしようというのは……ダイヤよりも土のほうなんだ。ねえ、この渓谷性金剛石土《カスカリヨ》がサラサラッと泣いて、十億《ビルリオン》、一兆億《トリリオン》のこんないい音が、欲張りどもに聴こえないかって言ってるぜ」と土を掬《すく》ったりこぼしたりしながら、最後にカムポスが条件を言った。
 「ところで、俺はこの世界にまだ一度も現われていないダイヤの新礦地の所在を賭ける。それにはまず、諸君の誰かに値を付けてもらう。そして、それだけの金額のご提供をねがう。いないか?![#「?!」は一文字、第3水準1−8−77、217−15] 俺を負かして所在を吐かせるやつは」
 即座《そくざ》に、室の隅のほうで五万ミルという声がしたが、カムポスはふり向きもしない。それから、五万五千、六万と小刻みにいって七万ミルまでくると、そこで声がハタとなくなってしまった。
 第一、風のごとくに現われたこの不思議な人物が
前へ 次へ
全13ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング