ンデ》を折ってやっとこさで掻きよせた。手にとると、なんか葉っぱの化石みたいなもん。それが、二つに合わさって藻で結えたなかから、現われたのがこのダイヤモンドだ」
 そこまで言うと、カムポスは睨《ね》め廻すような目で、あたりをぐるっと一渡りみた。
 「さあ、そこまで言《い》や、納得がついたろう。その水棲人が、広茫千キロ平方もある『蕨の切り株』の、一体どこから現われたかというにゃ、俺に目印がある。どうだ、諸君はそれをいくらに踏む?![#「?!」は一文字、第3水準1−8−77、223−3]」
 声がない。ようやく、カムポスの額に青筋が張ってきたころ、一隅から美しい声がかかった。
 「五十万ミル。あたくし、その程度ならお相手しても宜《よろ》しゅうございます」
 そう言って、まっ白な胸をチラ付かせながら、喧騒の極に達した人波を、かきわけてくる。カムポスは、息を引いたまま白痴のような顔で、現われたその人をぼんやりとながめている。ああ、さっき彼が白百合のようにみた女性。

   亡霊か、水棲人か

 「承知しました」と、目をその女性の顔へ焼きつけるように据《す》えたまま、ちょっと上体をかがめてカムポスが挨拶《あいさつ》した。
 「では、勝負の方法はなんに致しましょう。ですがこれは、三本勝負となるようなことは、あくまで避けねばなりません。一本勝負――それにご異存はないと思いますが」
 「でも、こういう場所でやりますカードの遊び方を、私は、あまり知っていないのです」
 その女性も、声が心持ちふるえ、上気した頬はまた別種の美しさ。言葉にも物腰にも深窓《しんそう》育ちが窺《うかが》われ、いまも躊躇《ためら》ったような初心初心《うぶうぶ》しい言いかたをする。まったくこんな、ナイトクラブあたりにはけっして見られぬような女性が、どうして途方もない大勝負をカムポスに挑むのだろう。また、一方カムポスもどうしてしまったのか、急に、それを境いに溌剌さが消えてしまった。目も、熱を帯びたようにどろんとなり、快活、豪放、皮肉の超凡《ちょうぼん》たるところが、どうした! カムポスと、喰らわしたくなるほど薄れている。
 「では、“Escada de mao[#「mao」の「a」に長音記号]《エスカーダ・デ・モン》”はいかがで」
 「梯子《エスカーダ・デ・モン》」とは、いわゆる相対《さし》の遊び方である。しかしそれは、賭博場《キヤジノ》などでやるものではなく、もちろんその婦人なども知っているものであった。とたんに、どこからともなく笑いが始まって、娘っ子がやるようなことで五十万ミルが争われるなんて、こりゃ千年に一度もないようなことだ。と、がやがやそんな声が聴えてくるなかで、その女性が小切手を書いた。ナショナル・シティ銀行リオ・デ・ジャネイロ支店。してみると、この婦人は米人であろう。そして署名が、ロイス・ウェンライト。
 と、その時――その署名をちらっと見たカムポスが、まるで一時にあらゆる思念が飛びさったような顔で、ぽかんと放心の態になったのだ。なんの衝撃《ショック》か?![#「?!」は一文字、第3水準1−8−77、224−13] しばらく窓際《まどぎわ》に出て風を浴びせていたほど、カムポスには異常なものだったに違いない。
 「カムポスめ、どうしやがったんだろう。こんなようじゃ、奴め負けるかもしれないぞ」と、カムポスの様子が急に変ったのに気がつくと、なんだか勝負の結果が危ぶまれるような気に、折竹もだんだんになってきた。やがて、満座の注視を一点にあつめて、五十万ミルの「梯子《エスカーダ》」がはじまった。
 作者として、勝負の成行きを詳述するのは避けるが、ついに、カムポスの勝利動かぬという局面になった。手札が二枚、ハートの一に、ダイヤの十。これは誰しも、ダイヤの十で切ってハートの一を残す。人々は、緊張が去ってざわめきはじめ、やれやれ、気紛《きまぐ》れにもせよ五十万ミルは高価《たか》いと、ようやく、方々で扇の音が高まってきた。
 「なるほど、こいつの一番違いの、易《うらな》いは当った。五十万ミルがそもそもの始めで、これから奴は鰻《うなぎ》のぼりになるか?![#「?!」は一文字、第3水準1−8−77、225−6] 代議士になり、将軍になり、大統領になり――。まだまだラテン・アメリカにはそんな余地があるからな」
 とカムポスの背後にいてこんなことを考えていた瞬後、アッと、折竹が思わず叫ぶようなことが、カムポスの指に起ってしまった。いわゆる手拍子が好勢にゆるんだのか、子供でさえ最後にとって置くハートの一を、彼がパッと場へ投げだしてしまったのである。逆転! あれよあれよと満座が騒ぐなかで、勝負は一瞬に決してしまった。
 カムポスが負け、ロイスが勝った。
 「どうも、変だ変だと思ってたんだが、惚
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