に、漆黒の暗《やみ》のなかで折竹に声をかけた。腐土のにおいと湿った空気。ぬるっと、触れた手には水苔《みずごけ》がついてくる。と、遠くないところから折竹が答える声。
「ここはね、いわば地下の大密林というのでしょう。むかしは樹がしげった渓谷だったでしょうが、地辷《じすべ》りもあってすっかり埋《うも》れた。そこへ、ピルコマヨが流路を求めてきた。水が、沖積層《ちゅうせきそう》のやわらかな土に滲《し》みながら、だんだん地下の埋れ木のあいだへ道をあけていったのです。どこまで行くか、どこで終るのか、形も蟻穴のように多岐怪曲をきわめた――『蕨の切り株』の地下の大迷路《ラビリンス》です。それも、上から水がくるために、絶えず形が変ってゆく。また、沼の水面下に大穴が空いても、すぐピルコマヨが運んでくる藻のために埋まってしまうのです」
「では、三上はここへ落ちたのでしょうね。カムポスさんに会ったときは、ここから出たのでしょうね」
「そうですよ。しかし、生きていられることは、期待せんほうがいいでしょうね」
と言ってから、カムポスに声をかけた。
「君は、僕が地震計を持ちだしたら、笑ったじゃないか。だが、絶えず迷路が変ってゆくので、微動も起る。それに、あのダイヤの土が渓谷性金剛石土《カスカリヨ》なのを考えても、むかしは渓谷――といったような深い地下が思われてくる」
そこで、懐中電燈がはじめて点された。ぐるりは、水苔《みずごけ》のついた軟かな土、ところどころに、埋れ木の幹が柱のようにみえている。三人は、それから足もとに気遣いながらじわりじわりと進んでいった。すると、紆余曲折《うよきょくせつ》しばらく往《い》ったところに右手の埋れ木にきざんだ文字と地図。あっと、ロイスが胸をおどらせてみれば……。
――日本人、三上重四郎なるものこの迷路に入る。アルゼンチン各所監獄を転々とした末に、政治犯四名とともに「蕨の切り株」へ連れてこられて機関銃弾で追われながら沼地へと追いやられた。四名のなかには、革命に関係した有名な女優 Emilia Vidali《エミリア・ヴィダリ》 嬢も混っていた。嬢も、おそらくここへ落ちこんだのだろう。時々、かすかに歌声のようなものを聴いたが、ついにめぐり会えなかった。それほど、この迷路は複雑多岐である。さらに、ここへ来て余は、勝利を痛感す。それは、この密林が埋れて迷路が
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